初午は、和銅4年(711年)2月の最初の午の日に、伏見稲荷大社の御祭神(宇迦之御魂神)が稲荷山に降り立ったとされることが起源です。この日を祝う祭礼が、初午祭として広まりました。
島津家の稲荷信仰は島津忠久(島津家初代当主)誕生伝説が源流とされ、丹後局(たんごのつぼね)が雨の降る夜に狐火に照らされて島津忠久を生んだと言われております。また、豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際、紅白3匹の狐が明軍に突撃したとも伝えられたり、当社では元和元年、大阪の役に、出陣の節、稲荷社より白狐赤狐出て先導し、寛永十五年の肥前國島原の役にも軍行の先に赤狐が現れたとの伝承もあり篤く信仰されてきた。
